ノリクラ 雪渓カレンダー
 
Vol.15(2013/08/14〜17) F

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(Update:2013/08/22)

 

【孵化後、ライチョウ家族一ヶ月間ゲージ保護事業】

東京大学宇宙船観測所(標高2780メートル) ライチョウ家族のゲージ保護事業
(信州大学教育学部 中村浩志先生)

こちらは肩の小屋の隣にある標高2780メートルの東京大学宇宙船観測所。こちらでは、信州大学教育学部 中村浩志先生のグループによる、ライチョウ家族のゲージ保護事業が行われています。

日本のライチョウは、氷河期に大陸から日本列島に移りすみ、世界最南端の本州中部の高山に隔離分布する集団で、国の特別天然記念物に指定され、1985年には約3000羽が生息していたものの、天敵の増加などで近年は約1800羽にまで減少。そのため、昨年、これまでの絶滅危惧種U類(絶滅の危機が増大している種)から、絶滅危惧種Tb類(近い将来に絶滅の危険性の高い種)へ、より緊急度の高いレベルに指定が変更されました。

 

ゲージの中にはライチョウの家族が

ゲージは全部で3基あり、7月上旬に作られました。ゲージの詳細は下記の通りです。

  <ゲージ>
(横×奥行×高さ cm)
家族構成 孵化確認日 ゲージ誘導日 放鳥日 ゲージ
滞在期間
生存率
(ゲージ誘導〜放鳥)
<中型ゲージ>
180×360×120
雌親+雛4羽 7月9日 7月17日 8月12日 27日間 100%
<小型ゲージ>
120×240×90
雌親+雛5羽 7月15日 7月22日 8月12日 22日間 100%
<大型ゲージ>
270×450×150
雌親+雛6羽 7月25日 7月25日 8月14日 21日間 100%

すべてのゲージで、孵化から数日以内にゲージに誘導して、放鳥日までの約1ヶ月間をこのゲージの中で飼育されます。ライチョウは孵化から1ヶ月間までの生存率が極めて低く、その間を人工的に保護することで、生存率を高めることができます。

雛は1ヶ月もすると、自分で体温調整することができるようになることから、外気の変化に対応できるようになり、また、十分飛べるようにもなることから、天敵から身を守ることが可能になります。そのため、孵化からの1ヶ月間を保護して生き抜くことが、その後のライチョウの生存率に大きく影響するわけです。

 

こちらは大型ゲージ(雌親+雛6羽) 天気の良い日は外で散歩

今回、取材に訪れたのは8月14日、中型ゲージと小型ゲージの放鳥は終了していて、今日は大型ゲージの雌親+雛6羽が残っていました。ゲージを開けてライチョウ家族を表に出してやります。これは実際の放鳥ではなく、毎日定期的に実施されているゲージ外での「散歩」です。

ゲージ内部は蚊帳のように全面ネットが張り巡らされていて、天候の悪い日はゲージにシートや板を立てかけるなどの対策を施します。また、捕食者への対策としては、ゲージを金網製にすると同時に、地中からのオコジョの進入を防ぐため、深さ30センチまで金網を埋設する措置も取られています。

 

生後1ヶ月の雛鳥

中村先生の話によると、こちらの雛鳥は生後1ヶ月としては、やや小さいほうだとのこと、しかし、それ以上ゲージで保護することはないとおっしゃります。

 

雌親もゲージの外へ

雛鳥の様子をしっかりと見届けた上で、雌親もゲージの外へと出て行きます。

 

ゲージの外の高山植物をついばむ

ゲージの外に出た家族は、周辺の高山植物をついばみます。ゲージ内での餌は、細菌・ウイルス感染を回避するため、周辺にある自然の植物を利用します。ライチョウが特にお気に入りなのは、ガンコウランの実や、クロウスゴの葉だとのこと...

 

 

■親鳥の監視の下、ゲージ外でえさをついばむ − 自然に近い形で子育て■

雌親が常に監視 雛は一生懸命ついばむ

雛の様子を常に監視する雌親。雛は一生懸命イワツメグサの花に喰いついています。親鳥が周りを見守る中で雛がえさをついばむ様子は、自然界のライチョウ家族とほぼ同じ状況といえます。実はこの毎日の「散歩」で、定期的に自然界に触れさせることが大事なのです。

 

 

■ 散歩中も人間が外敵侵入者の常に監視 ■

ゲージ外の散歩中は、外敵の侵入がないか人間が常に監視

さらには親鳥だけでなく、保護事業の関係者も周囲を見回って、外敵の侵入がないか常に監視します。雛の捕食者はキツネ・テン・オコジョ・チョウゲンボウ・ハシブトガラス・ハヤブサ・クマタカ・イヌワシなどで、親の捕食者はキツネ・テンのほか、ハヤブサ・クマタカ・イヌワシなどの大型猛禽類です。

 

 

■ 雛だけでなく、雌親も含めた家族全体を保護するには理由があります ■

家族全体の保護 − 雌親から雛へ自然界で生きる知恵を継承させるため

環境省の事業として、トキの保護・繁殖に力を注いでいることは、多くの方がご存知と思います。しかし、放鳥したトキが自然界でなかなか定着できないのは、自然界での生きる術を身に着けていないからです。自然界で生きるための数々の知恵は、親鳥から継承されますが、何世代もゲージの中で飼育されると、その知恵を継承することができなくなります。現在のトキはすでにその状態となっていて、ゲージ内で繁殖することができても、自然界で増えることができないのです。

今回の中村先生の保護事業は、ゲージ内の繁殖を増やすことが目的でなく、自然のライチョウの生き方に近い形で保護・繁殖させることが大きなポイントです。そのため、自然界で生きて行くための術を、親鳥から雛へ伝承させる必要があり、親鳥も含めた家族全体を一つのゲージで生活させ、さらにはゲージ内に常に滞在させずに、天気の良いときは屋外に出して普通に自然の中でえさをとることで、外敵に常に注意を払うという術を身につけさせようとしています。

 

 

■ トキの失敗を繰り返さない − 飼育技術確立と生息数減少食い止め ■

生息数減少の防止策が喫緊の課題

これまで大町山岳博物館でのライチョウの人工飼育や、上野動物園、富山ファミリーパーク等の動物園で外国産亜種のスバールバルライチョウの人工飼育では、受精卵を孵化器で人工孵化させる手法がとられました。しかし、この方法では、自然界での生きる術を人間が教えなければなりませんが、それには限界があります。そのため、前述のように放鳥トキが自然界にうまく定着できない結果となってしまいます。

ライチョウの場合、現時点では乗鞍など北アルプスに生息しており、その生息数の減少を食い止める活動がもっとも重要なポイントで、トキとの大きな違いは、まだ自然界に生息しているという点です。

種を保存する飼育技術確立も重要ですが、現時点でもっとも大事なのは生息数減少を食い止めること。これはトキの失敗をライチョウでは絶対に繰り返さないという、中村先生の強い思いがあったからだと感じます。

 

 

■ 3年越しの保護事業 ■

現時点では100%の生存率

今回の保護事業は2年間の予備調査・実験後、外敵からの捕食や悪天候の影響を回避する手法を確立・実用化することで、3年目の今年は100%の生存率を確立しました。

ゲージ内への保護までの手順の概要は、@なわばり分布調査(5〜6月) A 巣の発見(6月中旬〜7月中旬) B 孵化後の家族のゲージへの誘導(7月) C ゲージを使った捕食者と悪天候からの家族の保護の実施(7月中旬〜8月中旬) そして、今回の放鳥(8月中旬)の運びとなりました。

 

 

■ 散歩を終えたライチョウ一家は素直にゲージの中へ − 日本のライチョウは人を恐れない ■

散歩を終えて、ライチョウ家族はゲージの中へ

約30分の散歩を終えてライチョウ一家はゲージへと戻って行きます。

日本のライチョウは人を恐れることはないといわれています。それとは逆に海外のライチョウは人の姿を見るとすぐに逃げてしまいます。それは古来からの文化の違いがあり、海外ではライチョウを狩猟の対象としているのに対し、日本ではライチョウが生息するような高山は信仰の対象とされて、人間の入山が厳しく規制されていたという背景があり、日本のライチョウがこのような事情から人を恐れることがないのです。

 

 

■ 保護事業の今後の展開 − 絶滅への危機回避 ■

今後は10月末まで追跡調査を実施 八ヶ岳など他の山域でも導入して絶滅の危機分散を

今後は、放鳥された家族の追跡調査が10月末まで実施され、放鳥後の雛の生存モニタリングと共に、他の家族との違いを調べることでゲージ生活の影響の有無なども追跡されるとのことでした。

また、この方法で育てた家族をすでに絶滅してしまった八ヶ岳、白山、中央アルプスなどで再導入することで、繁殖個体群を復活させ、絶滅の危機分散を今のうちから図ることも検討されています。

最近、問題となっている里山の動物が高山帯に侵入して、高山植物などを食い荒らすことについても、中村先生は問題視されていて、特に南アルプスのニホンジカにおける行政の対応については、語気を強めて指摘されるほどでした。

今回の保護事業は、「今起こっていること、すぐに取り組まなければならないこと」をそのまま具現化したもので、それは現地に長年にわたって調査研究されているからこそわかるものです。つまり、「調査→分析→対策」といった机上の論法では遅すぎる絶滅危惧種たちにとっては、待ったなしの現状が迫っているためです。 Next

 

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